ひとり股旅・中国(大連・瀋陽)編③ ~ロシア人街よ、ありがとう~

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ニーハオ。ホテルの部屋ではずっとNHK・BS1を見ている者です。
朝青龍負けたけど、あの人は負けっぷりがいい。辞めた方がいいと思ったけど、あの人いた方が相撲は盛り上がるな。プロレスのヒール的な役割としていい存在のような気がする。
さて、今日は仕事の取材2本。それ以外はおとなしくしようとしてたけど、ついつい時間が空くと足があちこちに向かってしまう。結局、ホテルを朝9時半に出て夕方6時に戻ってくるまで、取材に費やした3時間以外は、ずっと出歩いてた。だから、今日は今日で書くことがあるけど、とりあえず昨日の夕暮れのことを書いておこう。
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昨日の夕方、街歩きの馴らしとしては十分すぎるくらいの1時間の予定外の散歩を終え、大連駅から再スタートとなった。本来の目的地だったロシア人街は、やはりすぐそこだった。10分も歩かなかったんじゃないだろうか。勝利橋(旧日本橋)を渡ると、そこにはロシア風建築物が見えてくる。大連は、1898年にロシアに統治され、7年後の1905年に日露戦争の末、日本に統治されその後40年も日本であった街。日本の時代の面影を残す建物もあちこちにあるけど、ロシア時代の面影も残されている。
ただ、僕の思っていたロシア人街のイメージとはかなり違った。もっと雰囲気のある重厚な古い建物がひっそりと並んでいるかと思いきや、入り口には、Welcome Russian Streetとロシアの国旗がたなびくゲートが構えられ、遠目に見た限りでは、郊外の安っぽいラブホテル風でもあった。ガイドブックによれば、2000年に全面改装されたらしい。だから、すべてが作られたテーマパーク・ロシア村のように見える。ちょっと残念だった。
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とはいえ、1時間余計な時間を費やしたお陰で、ちょうど街灯が灯る時間に遭遇し、辺りはいい雰囲気になってきた。街に入ってすぐのみやげ物屋の路上で帽子や手袋を売っていた。僕の体はかなり冷え切っていて、少しでも暖かくなるものが欲しかった。そして、何よりマスク。空気は明らかに汚れている。このままマスクなしでは歩けない。
手袋を手に取り見ていると、店員のお姉さんが勢いよく出てきた。「いくら?」中国語をまったく用意してない僕は、日本語で聞いた。彼女はまったく日本語も英語も話せない。すると彼女は、「リュー ウー」と言っている。マージャンをするから数字だけはわかる。念のためと、彼女は携帯電話の電卓で「65」と示した。65元ってことは、1,000円ちょっとか。いや、買ってもいいけど、あきらかにふっかけてる感じがありありで、僕は「いらない」と言った。すると、彼女はもう1度「55」と携帯で示してきた。いくらでも僕はいらなかった。笑いながら、「いいよ」というと、彼女は携帯を僕に渡して、いくらでも好きな数字を入れろという。じゃあ、手袋はいらないから、「マスクはない?」と聞いた。さすがに、マスクでは通じず、僕は身振りでマスクを表現した。すると、彼女はとりあえず店のなかに入れという。店に入ると、暇そうな店員が5、6人いた。全員が、待ってましたとばかりに「hello hello」と近寄ってきて、それぞれの持ち場の商品を買え、買えと言ってくる。なかには僕の服をひっぱりいすに座れとも言っている。「だから、そんなわけのわからない猫の置物とか買わないし、どこのにせもの石かわからないようなペンダントなんて買わないから。」と心の中で言っていた。変なものを真顔で勧めてくる姿は、結構笑えたけどだんだん鬱陶しくなってきた。そもそも、日本人なんだから、こんにちわくらい言ったらどうなんだ、と思いつつ、これは何か買わなければ帰してくれないなという雰囲気を察していた。
「だから、マスクは売ってんの?」僕はジェスチャーと日本語しか話さなかった。すると、そうだ!とひらめいた感じで、「Ok,Ok」と言って、棚からジャンパーを出してきた。何をするんだと思ったら、ポケットに入っていたマスクを出してきた。確かに未使用っぽかったけど、袋にも入ってない。「それ、あんたの持ち物だろっ!それを買うの?」と当然、笑いながら突っ込む。ここまで来るとコントだった。誰かビデオ撮ってたら相当笑えるだろうな。
マスクは欲しかったけど、さすがにそれは買わない。どうやらないなと思った僕は、かなり強引に、「じゃあいいや。バイバイ」と言って店を出た。何人かが、「帰っちゃうの?」って感じで、ワーワー言ってたけど、僕は「ごめんね、バイバイ」と再び言って店を出た。誰かが追っかけてくるような感じがしたけど、後ろは振り向かなかった。
ロシア人街はそれほど長くはなく、写真をとりながら300mくらい歩いて戻ってきた。10分後くらいだっただろうか。すると、さっきの彼女が、僕を探してて「あっ、いた」という感じで何かをいいながら近づいてきた。手には、ビニールに包まれた新品のマスク。さっきまで鬱陶しいと思ってた彼女たちだったけど、どこかで探してきてくれたんだ。確かに、彼女は僕が、マスクは売ってるのか?といったら、あるというような感じの返事をした。そして、店内には彼女の姿は見当たらなかった。ずっと、僕のために探してくれてたんだ。
そのやさしさに、思わず「ありがとう」と彼女の顔を見て言った。これも日本語だった。心のこもった日本語だった。また「いくら?」と聞くと、10元(160円)だと言う。ここはいくらでも出してもいいと思った。彼女のやさしさに商品の値段じゃなく、お礼賃として払ってあげたかった。そして、財布から10元を払おうとすると、さっきの店の中から出てきた別の女性がいつの間にか横にいて、20元だという。「えっ、さっき10元って言ったじゃん。」と笑いながら彼女の目を見た。再び思いっきり日本語だった。別に最初から20元って言われれば20元払うんだけど、そのぼったくり根性が気に入らない。最初の彼女も笑ってた。結局、10元払ってお別れした。
別れ際、マスクを探してくれた彼女に「謝謝」と言った。初めて僕は彼女に中国語をしゃべった。
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ロシア人街を出て、街づくりの中心となっている中山広場に向かった。あたりは暗くなり、寒さもかなりこたえてきた。けど、最後まで歩いた。今日は歩くと決めたんだ。
街はもう大都市の日本とそれほど変わらない。ネオンの雰囲気や、ライトアップなんて、日本と何も変わらない。ネオンの写真を撮りながら、その上に見えた月を見ながら、日本でも同じ月が見えるんだよなと思っていた。(上の写真)
いつも、海外に行って月や太陽を見るとそう思う。「そっちからも月が見えるよね、今、お父さんも同じ月を見てるんだよ」と娘に電話したい気分になっていた。
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中山広場を囲む欧風建築のライトアップは美しかった。1時間余計な散歩をしたおかげで、ロシア人街のライトアップと中山広場のライトアップにも遭遇できた。
ホテルに戻ったのは6時。3時半に出てから2時間半、ずっと外を歩き続けた。7、8キロは歩いただろうな。体は凍りつき、暖房を「強」にしてもなかなか体は回復しない。ダウンを着たまま、ようやく回復するまで1時間半かかった。
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回復後、再び外に晩飯を食いに出かけた。ホテルの隣の地下街にはこれといった店はなく、結局、駅前の大衆食堂に飛び込み、焼きそばを食べた。ここでも若い店員の女の子と面白いやりとりがあった。僕は日本語しか話さない。彼女も中国語しか話さない。ちょっと長くなったので、また、このことはいつか。
そうして、大連の1日が終わった。          (2008.1.13 中国・大連にて)
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by huehuki-pi-hyoro | 2008-01-15 00:43 | 日記  

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