追憶のUSAひとり旅① ~トラブル・トラベルの予感~

中国・韓国から帰ってきて、中1日。
ほぼ荷物はそのままに、洗濯だけしてもらい自宅も宿泊先かのように、また家を出た。
セントレアに着くと、ノースウエストのカウンターのお姉さんが渋い顔をしている。
これまでのアジア旅行があまりに順調だったから、ぼちぼち何かあるかも知れないという予感はあった。
「お客様、申し訳ございません。成田経由でデトロイト行きの便をお取りいただいてましたが、成田便が満席で、直行便にお席を用意させていただきましたが、よろしいでしょうか。」
「えっ?直行便ですよね。その方がいいじゃないですか。それでお願いします。」
どうやら、デトロイトに到着の時間もほぼ変わらず、ワシントンへの乗り継ぎもスムーズな時間だった。
「直行便が空いてるなら、最初からそれを抑えろよな・・・」と心のなかでつぶやきながら、“因縁”のノースウエストに乗り込んだ。

そう、その後も続くノースウエストとの“因縁”は、まずここから始まった。

デトロイトまでは、10時間くらい。もう長時間の飛行機は慣れてしまって、5時間だろうが10時間だろうが、どっちでもいい。飛行機で酔ったこともないし、腰が痛くなることも幸いない。だから、機内食を食べて、寝て、起きて、音楽を聴きながら本を読んで、映画見てっていうパターンはそれほど苦痛でもない。むしろ、本を読む時間をとるには飛行機のなかが一番いい。

寝たり起きたりを繰り返し、最も深く眠りについていたときだった。
おそらく飛行機はもうアメリカ上空を飛んでいる頃、突然、僕の目に火花が飛び散った。
「ウギャーッ!!!」
なんと叫んだか覚えてないけど、とにかく大声をあげたのは覚えている。
眠りについているときだから、突然、何が起こったのかとにかくわからなった。けど、突然、僕の身起こったことに対して、僕の眠ってた体は反応し大声をあげたのだった。
前の列に座っていた白人のおそらくアメリカ人(30歳くらい)が、棚にのっている荷物を取り出そうとして、思わず手をすべらせて、それを落下させたのだった。大きさは、機内持ち込み制限を超えてんじゃないかと思えるほどの中くらいの大きさのスーツケース。
硬いスーツケースは、僕の顔面と前の席の老人男性の頭を直撃したのだった。
顔面を押さえる僕。そして、前の男性は隣の奥さんに抱えられるようにして席に沈んでいる。
その衝撃はかなりのものだった。
“Are you all right?”
ここからは僕は冷静だった。日本なら大丈夫、大丈夫といったかも知れないけど、中途半端に大丈夫なんて言ったら、もし、頬が骨折でもしてようもんなら、医者に行ってもなんの補償もきかないし、旅行保険のことも頭にあった。
“・・・・oh I’m not OK・・・”
ちょっと大げさ気味に、頬を押さえ、大丈夫じゃないといった表情を見せてると、次々にスチュワーデスたちが集まりはじめ、“May I help you?”と声をかけてくる。
“ahhhhh・・・I want ice with towel”
氷で頬を冷やしたかった。正直、痛かったし、何度も骨が折れてないかそぉーっと頬を触ってみた。どうやら骨折まではいかないけど、打撲であることは間違いない。
すると、荷物を落とした張本人がどっかから慌てて氷と大量の紙ナプキンを持ってきた。
だから、タオルって言ったのに、紙ナプキンじゃあさあ、どうやって冷やすんだよと思いつつ、その申し訳なさそうな誠意は伝わってきた。
前の席を見ると、禿げ上がった老人の頭にくっきりと血がにじんだ傷が10センチくらいついている。この人の方が大変だ。と思ってからは、大げさにしてるのはやめ、「もう大丈夫です」モードに切り替えた。

その後も何度も、やってくるスチュワーデスたち。もう大丈夫だと言いながら、「氷をもう少し欲しい」と言うと、今度は、ひざ掛けくらいある布にくるんだ大量の氷がやってきた。
「こ、これで冷やすの?多すぎじゃない?」思わず笑ってしまった。
やっぱり大味な国だ、この国は。

そうしてこうしているうちにデトロイトに着いた。
アメリカ人の張本人は、帰り際にも何度も日本風に頭を下げてきた。
僕は笑って返した。Ok Ok!

けど、その頬の痛みは結構長く続いた。実は、今でも右と左の頬骨を触るとまだ、左の頬骨が痛いような感覚すら残っている。
                                 (2007.4.26 デトロイトにて)
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(デトロイト空港にて。頬の傷がうっすらと。)
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by huehuki-pi-hyoro | 2008-05-24 08:34 | 旅日記  

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